過労死ラインとは、病気や死亡に至るリスクが高まる「時間外労働時間の限度」のことです。過労死ラインを超える労働が常態化すると、従業員に健康被害をもたらすだけでなく、企業の生産性悪化や信頼性低下などを引き起こします。
過労死ライン超えによる健康被害などを防ぐには、企業が長時間労働の防止や職場環境の整備などへ積極的に取り組むことが重要です。
この記事は、「自社の労働時間に法的リスクがないか確認したい」「就業規則を改正したい」などの不安を抱える企業担当者に向けて、過労死ラインの概要や具体的な基準、労災認定の条件、必要な対策などを解説します。
過労死とは、過度な労働が原因で引き起こされた脳疾患や心臓疾患などの「身体障害」、強い心理的負荷による「精神障害」を原因とする、死亡および疾患を指します。
そして過労死ラインとは、上記の過労死に至るリスクが高まる「時間外労働時間の長さ」のことです。労働災害認定において、労働と過労死との因果関係判定に用いられます。
労働時間における過労死ラインの目安は、大きく以下の2種類です。
ただし、厚生労働省によると、時間外労働時間が月45時間を超えるあたりから、健康障害と長時間労働の関連性は高まるといわれています。
出典:厚生労働省「 過重労働による 健康障害を防ぐために 」
過労死ラインを超えた過重労働により、脳梗塞やくも膜下出血、心筋梗塞、虚血性心疾患などのリスクが高まります。疾患だけでなく、過労自殺や事故を引き起こすリスクもあります。
このように、長時間労働が当たり前になると従業員の命を脅かすこともあり得るため、過労死ラインを超えているかに関わらず、適切な時間で働けるよう企業は対策が必須です。
単に1ヶ月に80時間といわれても、イメージを持てないかもしれません。そこで例として、「1ヶ月を30日間・週休2日(土曜日、日曜日)で時間外労働が80時間を超える場合」を図示しました。
月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
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8時間 (法定労働時間) 3.4時間 (時間外労働) |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
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8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
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8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
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8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
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8時間 3.4時間 |
8時間 3.4時間 |
このように、単純計算でも毎日3.4時間以上の残業によって、1ヶ月の時間外労働は80時間を超えます。
こうした長時間労働を是正するには、正確な勤怠管理を実施し、労働時間を可視化することも重要です。労働時間を客観的に把握することで、従業員の状況を一目で把握し、声掛けや業務量の調整などを通じて労働災害を未然に防げます。
上記では「労働時間」を基準とした過労死ラインについて解説しました。しかし、2021年9月に労災認定の基準が約20年ぶりに改正され、「労働時間以外」における過労死ラインの要件が見直されました。
具体的に見直されたポイントは、以下の4つです。
労災認定にかかわる事項が多いため、企業の労務担当者は必ず把握しておいてください。
ここからの章については、以下のページを参照してまとめています。
厚生労働省 | 脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント
労働時間以外の負荷要因も考慮して、労災認定することが明確化されました。
従来までの過労死ラインとして、「発症の2ヶ月前から6ヶ月前における時間外労働時間の平均が月80時間を超える」「発症前の1ヶ月間におけるいて時間外労働時間が100時間を超える」という労働時間に関する基準が定められていました。
改正後は上記の基準を保ちつつ、時間外労働時間が過労死ラインに達していなくても、以下に該当すれば労災認定を受けられると明確化されています。
上記を踏まえると、企業は労働量に加えて、質も含め適切に従業員の仕事を管理することが必須です。
改正後は、労働時間以外の負荷要因として以下の赤字項目が追加されました。業種・業態によっては、新基準の過労死ラインに該当する可能性があるためご確認ください。
-勤務時間の不規則性 |
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事業場外における移動を伴う労働 |
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心理的負荷を伴う労働 | 改正前の「精神的緊張を伴う労働」の内容を拡充 |
身体的負荷を伴う労働 | |
作業環境 |
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追加の赤字項目については、以下のような判断基準があります。
項目 | 判断基準 |
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連続勤務であるうえ休日がない | 連続労働日数や連続労働日と発症までの近さ、休日数、実労働時間などをもとに判断する。 |
勤務間インターバルが短い | 睡眠時間と心臓疾患発症に関する医学的知見などをもとに、「勤務間インターバルが11時間未満であるか?」も判断基準とする。 |
身体的負荷を伴う労働 | 労働量や労働内容、作業環境などを考慮し、職場の同僚たちにとってもとくに「過重な身体的精神的負荷と認められるか?」という観点から客観的かつ総合的に判断する。 |
改正により、「短期間の過重労働・異常事態」と発症の関連性が強いと判断できる場合として、以下の例が明確化されました。
ケース | 詳細な例 |
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短期間の過重労働 |
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異常な出来事 |
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これまで、不整脈を原因とした心不全症状などは、対象疾病の「心停止(心臓性突然死を含む)」として扱われていました。しかし改正後は、心不全は心停止と異なる病態のため、新たに「重篤な心不全」が追加されました。「重篤な心不全」には、不整脈によるものも含まれます。
以下の点はこれまで通り認定基準に含まれます。
特別条項とは、臨時で特別な事情がある場合において、定められた時間を超えて勤務させることが可能となる条項です。もちろん、無制限に働かせられるわけではありません。以下の規制は守る必要があります。
上記はあくまでも「特別条項」です。大前提として企業は、過労死ラインを超える事態は未然に防止しなければなりません。決して「過労死ラインを超えなければOK」というわけではないため要注意です。
労働基準法では、原則として労働時間の限度を「1日8時間・週40時間」と定めています。この限度を超えて働かざるを得ない場合は、企業と従業員間で「36協定」を締結して労働基準監督署長へ届け出ることが必要です。万が一、締結せずに規定の労働時間を超えた場合は違法となります。
36協定を含む労使協定の内容や結ぶためのステップについては、「労使協定をシンプルに解説|36協定との違いとは 」をご覧ください。
ただし36協定を結んでいても、最初に解説した「特別条項を設けた上で労使合意している場合」を除いて、月45時間および年360時間を超える残業は認められません。
このように、企業ごとの事情に合わせて、労働基準法を基本としつつ従業員と合意した労働時間を遵守することが必須です。
時間外労働の上限規制は、大企業向けには2019年4月から、中小企業向けには2020年4月から導入されています。また、「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者の数」のいずれかが一定基準を満たしていれば、中小企業に該当すると判断されるため、自社が適用対象になっているか必ず確認してください。
時間外労働については、厚生労働省の「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」に詳しくまとめられていますので、合わせてご確認ください。
従業員の勤務中に発生した病気やケガに対して、労働基準監督署が行う調査により労災認定されると、被保険者は保険給付を受けられます。過労死も労災認定の対象です。
ここで簡単に、過労死が労災と認定される条件を解説します。
2020年5月の認定基準改正により、以下すべてを満たす場合に精神疾患が労災認定されることになりました。
厚生労働省の令和5年度「過労死等の労災補償状況」によれば、以下のように精神疾患に係る労災の請求件数は年々増えています。
精神疾患は可視化しにくい部分ですが、実際の件数が増えている以上、企業は従業員に異変がないか注意深くチェックすることが求められます。
労災認定を受ける可能性がある脳・心疾患は、以下の通りです。
脳血管疾患 | 虚血性心疾患等 |
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また、厚生労働省は以下3つの要件のいずれかを満たす場合、業務による過重負荷から発症したと考えられる脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱うとしています。
要件 | 概要 |
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長期間の過重業務 | 発症前の長期間にわたって、著しい疲労が蓄積する過重な業務を行った |
短期間の過重業務 | 発症に近しい時期において、とくに過重な業務を行った |
異常な出来事 | 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的・場所的に明確にできる異常な出来事に遭遇した |
厚生労働省の令和5年度「過労死等の労災補償状況」によれば、脳・心臓疾患に係る労災の請求件数も、精神障害と同様に増加しています。
このように過労死ラインは、従業員にとって生死にかかわる大きな問題です。そのため企業は、大切な従業員を失わないために、過労死ラインを超えることは防がなければなりません。
また、過労死ラインを超えることは、他にも以下のようなリスクを企業にもたらします。
過労死ラインを超えたことで、従業員が心身を壊して離職や退職などを行った場合、企業にとって貴重な人材が失われることになります。貴重な人材が失われれば、長期的な企業の業績悪化にもつながりかねません。とくに人材不足で悩む企業の場合、過酷な労働環境が原因で従業員が離れることは、絶対に避けなければなりません。
過重労働によって従業員の心身が疲弊すると、判断力や認識能力、思考力などが低下し、居眠り運転や不注意による転落事故など、業務上の事故につながりかねません。こうした事故が原因で従業員に一生モノの傷が残ったり最悪の場合亡くなったりすると、取り返しがつきません。
日常的な過重労働は労働基準法違反に該当するため、労働基準監督署による立ち入り調査(臨検)が行われる可能性があります。臨検により労働基準法に違反していると認定されて行政指導や刑事処分が行われると、企業活動に大きな影響を及ぼしかねません。
労働基準監督署による立ち入り調査について、詳しくは「労基署による臨検|調査の内容・事前の対策が分かる」の記事をご覧ください。
また、企業が適切な労務管理をしていなかったことで従業員が過労死した場合は、企業の「安全配慮義務違反」が認定され、損害賠償責任を負うことになります。
過労死ラインを超えて従業員を働かせることで、他の従業員にも悪影響を与えます。
例えば「自分も過労死ラインを超えてまで働かせられるのではないか?」という不安を抱かせるかもしれません。あるいは、企業に対する不信感が生まれ、従業員満足度が低下したり離職率が増加したりする可能性もあります。
また、特定の従業員の長時間労働が放置されて労働効率が低下すると、最終的に部署や企業全体の生産性低下にもつながります。
このように過労死ライン超えを放置することで、従業員の健康面だけでなく、企業の業績も損なう可能性があるため要注意です。
2021年に過労死ラインが見直されたことで、過労死にはこれまでよりも注目が集まっています。そのため、法定労働時間を守っていなかったり、従業員の過重労働を放置していたりする企業は、「ブラック企業」と認定されてしまい信頼が損なわれる可能性があります。
こうした悪い評価やイメージが広がれば、取引先や顧客から敬遠されるだけでなく、採用者の減少も引き起こしかねません。
過労死ライン超えを防ぐために、企業は以下7つの対策を行うことが必要です。
勤務時間が正確に管理されていないと、長時間労働が助長されやすくなります。。そのため、労働時間や休暇時間の可視化によって不必要な業務の削減などを行い、従業員の健康を守ることが重要です。
実際に2019年4月からは、労働基準法が適用されるすべての企業で「客観的方法による労働時間の把握」が義務化されました。労働時間把握の義務違反に関する罰則は設けられていませんが、労働時間を把握せず労働時間の上限規制(月45時間・年360時間)に違反すると、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課される可能性があります。
適切な勤怠管理を行うには、従来のタイムカードだけでなく勤怠管理システムの導入も効果的です。
長時間労働を減らすには、業務効率化施策を推進して労働時間の削減を図ることが重要です。業務効率化の施策としては、例えば以下のような内容が挙げられます。
こうした業務効率化を行うことで、企業の生産性を維持しつつ従業員の負担を軽減できます。
繁忙期や急な人手不足などのやむを得ないケースで従業員に長時間労働をさせる場合、企業は従業員の健康を確保する措置の実施が必要です。
この措置は新36協定届の特別条項で定められています。36協定を結ぶ際には、所定の欄に「労働時間が一定時間を超えた労働者に医師による面接指導を実施すること」「労働基準法第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1ヶ月について一定回数以内とすること」といった規定の10項目に該当する番号と、具体的な内容を記入しなければなりません。
詳細な特別条項付き36協定の用紙は「厚生労働省 | 時間外労働・休日労働に関する協定届(特別条項)」でチェックできます。記載例も掲載されているため、合わせてご確認ください。
勤務間インターバル制度とは、始業〜翌日の始業時刻までの間に、一定以上の休息時間を設ける制度のことです。勤務間インターバル制度によって従業員に十分な休息を取ってもらうことで、健康維持につながることはもちろん、職場の定着率アップや生産性向上も期待できます。
勤務間インターバル制度については「勤務間インターバル制度とは?導入の必要性やメリット、運用方法を解説」で詳しく解説しています。
定期的にメンタルヘルスチェックを行うことで、心身に疲労が溜まっている従業員の存在に気付きやすくなります。従業員の心身の状態を適切に把握できれば、早めに医療機関を受診するよう促したり、企業窓口に相談しやすい状況を作れたりします。
メンタルヘルスチェック(ストレスチェック)については、「ストレスチェックとは?目的やメリット、実施手順、知っておきたい情報を解説」で詳しく解説しているため、ご確認ください。
長時間労働はもちろん、職場のハラスメントが原因で精神疾患を引き起こすこともあります。ハラスメントには、以下のようなものがあります。
こうした職場のハラスメントを防止するには、専用窓口を設置し、従業員の悩みを集めやすい環境を構築することが重要です。他にも、ハラスメントを含めた従業員の悩みを防止する施策としては、以下が挙げられます。
従業員自身の近況を話せる相手が職場にいるだけでも、心理的安全性が高まり精神的負担は軽減されます。また、そもそも業務量に偏りがあるなら、部署単位での働きかけも必要です。
このような施策で従業員の心身の負担を軽減することで、大切な働き手を守れるだけでなく、企業の信頼性向上にもつながります。
時間外・休日労働協定(36協定)の内容を従業員に周知し、週労働時間が60時間以上とならないよう企業全体で努めてください。
36協定を労使間で締結した場合でも、時間外労働時間は「原則月45時間・年360時間」という上限があります。また、月の時間外労働時間が60時間以上の従業員へは「50%以上の割増賃金」の支払いが必要です。
企業だけでなく、従業員にもこうした労働時間に関する周知を徹底することで、従業員同士で長時間労働や労働基準法違反の予兆に気付きやすくなります。
過労死ラインとは、従業員が病気や死亡に至るリスクが高まる時間外労働時間のことです。現在では法改正によって、単純な労働時間だけでなく、業務量や職場環境なども過労死ラインの認定要件に含まれています。
労災を防ぎ従業員の健康や命を守るということはもちろん、企業の生産性や信頼を維持するという観点からも、職場のシステムや制度を整備し、過労死ラインを超えないようにする仕組みの構築が欠かせません。
勤怠管理システムの活用や専用窓口の設置、勤務間インターバル制度の導入など、さまざまな施策を実行し、従業員を守ることを心掛けてください。
正確かつ効率的な勤怠管理を行うには、「フリーウェイタイムレコーダー」などの勤怠管理システムもおすすめです。フリーウェイのタイムレコーダーはシンプルな機能で直感的に使いやすいうえ、従業員10名までは永久無料で利用可能なため、コストを抑えたい企業でも利用できます。Webシステムを用いた勤怠管理にメリットを感じた方は、ぜひ無料版を試してみてください。
Q1.過労死ラインの目安は? |
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過労死ラインの目安には、以下の2パターンがあります。
詳しくは、「「過労死ライン」とは時間外労働による死亡リスクが高まる基準のこと」の章をご覧ください。 |
Q2.2021年に行われた過労死ラインの見直しのポイントは? |
以下の4つです。
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Q3.過労死を防ぐために企業が行うべきことは? |
過労死や健康被害を防ぐために企業が行うべきことは、次のようなものがあります。
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