10人未満の事業所では、就業規則の作成は義務化されていません。しかし就業規則を作成しておくことで、労使間のトラブル防止や社内環境の整備の実現など、さまざまなメリットを実感できるでしょう。 今回の記事では、10人未満の事業所で就業規則を作成するメリットや手順、注意点などを解説します。
就業規則とは、従業員の雇用条件や職場のルールなどについてまとめた規則のことです。職場内におけるルールブックと捉えてよいでしょう。
就業規則の必要性の有無は、雇用している従業員の人数が関係しています。「常時10人以上の労働者がいる事業所」には、就業規則の作成・届出が義務付けられています。
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(労働基準法第89条)
引用:e-Gov法令検索
「常時10人以上」とは、雇用している従業員が10人以上いることを指します。雇用形態(契約社員・パート・アルバイト)は問わず、企業と従業員間で直接雇用契約を結んでいれば、人数にカウントされます。
例えば「正社員6名・アルバイト2名・パート2名」という場合は就業規則が必須です。「職場に10人以上が出勤している状態」ではないため注意しましょう。
また「時短勤務をしている」というケースでも、常時10人以上を雇用しているなら就業規則の作成が必要になります。例えば「正社員7名・1日5時間勤務のアルバイト2名・週2日勤務のパート1名」という場合も就業規則が必須です。
一方で以下のようなケースは「常時10人以上」とカウントされないため、就業規則の作成義務はありません。
「常時10人以上」とカウントされないケース
また、企業が本社と支社で分かれている場合は、各事業所単位で「常時10人以上の労働者と契約しているか」という点で判断します。組織全体の雇用人数が10人以上であっても、各事業所単位の雇用人数が10人未満の場合、就業規則の作成義務はありません。
例えば「支店Aの雇用人数は5人・支店Bの雇用人数は7人・支店Cの雇用人数は11人」という場合、支店Cにのみ就業規則の作成義務が課されます。
職場の雇用人数が10人未満の場合、本来は就業規則の作成義務がありません。しかし就業規則を作成しておくことで、以下のようなメリットも得られます。
10人未満の事業所で就業規則を作成するメリット
メリットと手間を天秤にかけたうえで、自社で就業規則を定めるか決めましょう。
労働条件に関するトラブルはいくつかありますが、就業規則を作成しておくと避けられるものもあります。
例えば問題行動を起こした従業員がいて、懲戒解雇処分を検討しているとします。解雇については法律で以下のように定められていますが、「客観的な理由」「社会通念上」は人によって認識が異なるため、従業員が「懲戒解雇の事由に該当しない」と主張した場合、スムーズな手続きが難しくなってしまうでしょう。
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする
参考:厚生労働省「しっかりマスター労働基準法」
就業規則を作成し、解雇相当の条件を定めておけば、無用なトラブルを生まずに済むのです。
ちなみに就業規則では以下項目を規定できます。解雇のほかにも退職や休暇の扱いなど、細やかに明文化しておくと安心です。
就業規則で規定できる項目例
就業規則を規定することで、社内秩序の維持にも役立ちます。
就業規則では、労働条件や解雇だけでなく、日頃の服装規定や身だしなみ、遅刻・欠勤への対応などについても規定できます。ルールがなかったり曖昧だったりすると、企業の方針にそぐわない服装で出社したり、社用PCでプライベートなサイトを閲覧したりする従業員が現れる可能性もあり、社内秩序が乱れかねません。
職場内の規律を正して全員が気持ちよく働ける環境を整えるためにも、就業規則を作成し従業員に理解してもらいましょう。
雇用関係の助成金には、申請要件として「指定の就業規則を盛り込むこと」を定めているケースもあります。現在は必要ない場合でも、いざというときに活用できるよう、就業規則を設けておくとよいでしょう。
例えば働き方改革推進支援助成金の場合、支給対象となるには「有給に関する就業規則が必要である」と明記されています。
全ての対象事業場において、交付申請時点で、年5日の年次有給休暇の取得に向けて就業規則等を整備していること。
引用:厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」
ただし「就業規則を設定していれば必ず助成金の支給対象になる」というわけではありません。各助成金が定める細かい用件に沿った就業規則でなければ、申請対象とならない可能性があります。
実際に、以下のような失敗事例も挙げられています。漠然と就業規則を設けるのではなく、助成金に合わせた内容であるかを精査することが大切です。
▼助成金の支給対象外となった例
キャリアアップ助成金 | 就業規則に「有期雇用から無期雇用への転換規定」と定めてあるが、適用される従業員の範囲までは記されておらず支給対象外となった |
働き方改革推進支援助成金 | 就業規則に「有給休暇の計画的付与」に関する記載はあるが、具体的な時期までは指定できておらず支給対象外となった |
事業所内で10人以上の従業員を雇用するようになれば、就業規則の作成が必須になります。だからといって「10人以上になってから作成すればよい」と考えていると、手続きが間に合わなかったり申請を失念したりして、法律違反となるリスクもあります。
さらに、規模が大きくなると「幼い子供がいるので出勤をフレックスにしたい」「リモートワークをしたい」など、さまざまな事情や要望を持つ従業員も増えるでしょう。要望が増えてから対応していると、就業規則の制定前にトラブルが発生するかもしれません。
10人未満の状態で就業規則を定めておくと、雇用人数が増えても慌てずに済みます。
就業規則は以下の手順で作成しましょう。
就業規則の作成手順
まずは現状の労働条件を元に就業規則の原案を作成しましょう。
万が一就業規則の必須項目が欠けてしまうと、トラブルにもなりかねません。原案を作成する際は、総務関連のコンサルティング企業や弁護士、法務担当者など専門知識を持つ人物も交えましょう。
就業規則の原案を作成したら、従業員代表者と話し合い意見を求めましょう。
就業規則を作成する際は、必ず従業員代表者の意見を聞く必要があります。代表者の意見を聞かなければ、企業側に都合のよい労働条件となるリスクがあるためです。
労働基準法第90条でも「就業規則の作成や変更時は必ず従業員代表者の意見を聞く必要がある」と定められています。従業員代表者とは、以下の条件に該当する人物です。
従業員代表者に該当する条件
参照:厚生労働省 広島労働局「就業規則ポイント」
場合によっては従業員代表者の意見を参考にして、原案を修正することもあります。話し合いの内容を参考にして、改めて就業規則を策定しましょう。
就業規則の作成では、従業員代表者の署名あるいは記名押印した意見書の提出が必須です。就業規則を従業員代表者が確認し、問題なければ意見書を作成しましょう。
意見書は企業単位ではなく「本店・支店などの事業所単位」で作成します。必ずしも従業員代表者が同意する必要はなく就業規則に対する反対意見を書いてもよいです。
各事業所を管轄する労働基準監督署に届け出ます。各事業所を管轄する労働基準監督署は「全国労働基準監督署の所在案内」から確認できます。
また、どの書類も1部は労働基準監督署に渡します。自社での保管用も兼ねて、必ず2部ずつ準備しましょう。
労働基準監督署に届け出る書類
就業規則(変更)届および意見書は、各都道府県の労働局公式サイトからダウンロードできます。提出期限はとくにありませんが、規則の策定(変更)から1ヶ月程度が目安です。
就業規則の新規作成ではなく「変更」の場合は、変更届を提出します。2023年4月から中小企業を対象に労働関係法令が改正された影響もあり、就業規則の見直しが必要な企業も増えているでしょう。変更の際も新規作成と同じように、従業員代表者へのヒアリングが必須です。
法改正に伴う就業規則の見直しを検討している企業は、「【2023年4月法改正】就業規則の見直しチェックリストと変更時の5ステップ」も参考にして見直すべき点をチェックしてみてください。
最後に従業員へ就業規則を周知しましょう。周知する手段は、以下のように「従業員全員が閲覧できる」という状態であれば、どのようなものでも構いません。
就業規則を周知する手段の例
就業規則を作成する際のポイントは以下の通りです。
就業規則の作成ポイント
就業規則では、従業員の抱えるさまざまな事情に対応できる内容であることが必要です。
就業規則の適応範囲は「正社員・契約社員・アルバイト・パートタイム」など、自社と雇用契約を結んでいるすべての労働者です。派遣労働者は自社と契約関係にないため適用範囲外になります。
なお「正社員とは別でパートタイム労働者専用の規則を設けたい」など、通常と異なる労働条件を定める場合は、別途で就業規則が必要になります。例えば「パートタイム労働者規則」などです。
別途で就業規則を設ける場合は、主とする就業規則に以下の2点を記載しましょう。
主要な就業規則に記載すべき内容
参照:厚生労働省「就業規則作成の9つのポイント」
業種によっては「免許の取得が必要」「時期や繁閑の差によって出勤日が異なる」など特殊なケースもあることでしょう。就業規則を作成する際は他社の事例を参考にすることも考えられますが、現場の実態は企業によって異なります。現場の状況を確認したうえで、自社にあった就業規則を作成するようにしましょう。
労働基準法第89条では、就業規則に必ず記載しなければならない項目が定められています。以下内容を参考に、漏れなく記載できているかを確認しましょう。
就業規則の記載項目
参照:厚生労働省「就業規則を作成しましょう」
就業規則は、作成後も定期的な見直しが必須です。
就業規則は原則として、労働基準法内容をもとに作成します。労働基準法を参考にするため、法改正が実施されれば就業規則も変更しなければなりません。とくに労働基準法は、直近でも以下のような改定が実施されています。
労働基準法の改定内容
さらに2024年4月からは「建設業における時間外労働の上限規制(現在は猶予段階)」が適用されるなど、今後も法改正は続きます。目まぐるしく変わる法改正に対応できず、就業規則が古いままでは法令違反となる可能性があるため、常に動向をチェックして定期的に見直しましょう。
就業規則の作成が義務付けられているのは「労働者数が10人以上」の事業所です。
しかし10人未満の事業所であっても、就業規則の作成によって労使間のトラブル防止や社内秩序を守ることができるなど、さまざまなメリットを受けられます。人数が増えてから慌てないよう、早い段階で就業規則を策定しておきましょう。なお、就業規則を定める際は、必須事項の漏れがないように注意が必要です。
Q1.就業規則は10人未満の事業所でも作成が必要? |
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10人未満であれば作成は義務ではありません。しかし、労使間のトラブル防止や社内環境を整備するために、早めに設定して損はないでしょう。具体的なメリットについては「10人未満の事業所で就業規則を作成するメリット」の章をご覧ください。 |
Q2.就業規則の作成時に注意すべきポイントは? |
「絶対に記載すべき事項を漏らさないようにする」「就業規則を作成したあとも定期的に見直す」などです。詳しくは「就業規則を作成するときのポイント」の章をご覧ください。 |