定年退職とは、企業が定めた年齢に到達した従業員が退職することです。
現在、少子高齢化の進行による労働力の減少防止や高齢者のスキル活用などを目的として、定年退職に関する制度が見直されています。直近では高年齢者雇用安定法が改正され、2025年4月からは企業に「定年制の廃止・定年の年齢引き上げ・再雇用制度」のいずれかの導入が義務付けられました。どのような措置を実施するかは、自社の状況や従業員の希望などを考慮して決めることが大切です。
今回の記事では、定年退職の概要や関係の深い高年齢者雇用安定法について、企業に求められる措置、具体的な手続きなどについて解説します。
定年退職とは、定年制を導入している企業に勤務する従業員が、「決められた年齢に到達したタイミングで退職すること」を指します。定年退職の年齢やタイミングなどの詳細は企業が独自で定めることが可能であり、決めた内容は就業規則や雇用契約書への明記が必要です。
例えば「定年を満65歳とし、その後希望者を継続雇用する」とした場合は、就業規則に以下のように記載します。
従業員の定年は満65歳とし、定年に達した日の属する月の末日をもって退職とする。前項の規定にかかわらず、定年後も引き続き雇用されることを希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない従業員については、満70歳までこれを継続雇用する。
引用:厚生労働省労働基準局監督課 | モデル就業規則令和5年7月版p.66
定年退職には、大きく以下の2種類があります。
定年退職制 | 従業員が「企業が定めた年齢」に到達した時点で、自動的に雇用契約が終了する制度です。従業員の意思に関わらず実行されます。 |
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定年解雇制 | 「一定の年齢に到達した」という解雇事由を以って、雇用契約が終了する制度です。従業員が解雇に同意した場合、実行されます。 |
どちらの制度を選ぶかによって、従業員との雇用契約が「自動で終了するかどうか?」が決定します。
定年退職に関しては、企業が「導入自体の可否・定年の年齢・定年を迎えるタイミング」を自由に設定できます。
参考までに、日本企業における「定年の年齢」「定年を迎えるタイミング」の内容を解説します。
まず「定年の年齢」についてです。厚生労働省が2023年12月に発表したデータによると、各企業の定年の年齢は、以下のようになりました。大半の企業が「60〜65歳の間」で定年を設定しているとわかります。
参照:厚生労働省「令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します(p.6)」
「定年を迎えるタイミング」については、以下のようなイメージで決めることが一般的です。
など
定年退職について考える際に企業の担当者が知っておきたい法律が、「高年齢者雇用安定法」です。
高年齢者雇用安定法とは、少子高齢化の進行に伴い働く高齢者が増加することを見込んで、企業に対し「高齢者の雇用機会の確保」を促す法律を指します。厚生労働省では以下のように規定しています。
高年齢者雇用安定法は、少子高齢化が急速に進行し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある誰もが年齢にかかわりなくその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を図る法律です。
引用:厚生労働省 ハローワーク「高年齢者雇用安定法改正の概要」
定年退職の年齢は長い間「60歳」が一般的でした。しかし、高年齢者雇用安定法の改正によって、今後は定年の年齢引き上げや継続雇用が義務化される予定です。今後、自社で定年退職の制度を整備する場合、担当者は高年齢者雇用安定法の動向チェックが必須といえます。
それでは、今までの高年齢者雇用安定法改正の流れと合わせ、とくに重要な変更部分を解説します。
高年齢者雇用安定法への対応を検討するうえで、とくにチェックすべき部分は以下の2つです。
2021年4月からは、「70歳までの就業機会確保措置の努力義務化」が実施されています。就業機会の確保措置は、少子高齢化に伴い従業員の働き方に関するニーズが広がっていることを踏まえ、「70歳まで働ける環境を整備すること」を目的に開始されました。
この努力義務化によって、企業は「以下いずれかの措置を実行するよう努めること」が規定されています。
参照:厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~」
ただし、あくまでも「努力義務」であるため、上記の措置を実行しない場合も罰則などはありません。
2025年4月〜は「65歳以上の継続雇用・再雇用が義務化」されます。2012年の法改正では、65歳までの雇用確保義務の経過措置(企業の雇用確保措置の段階的な年齢引き上げ)が適用されていましたが、この措置が2025年3月で終了する形です。70歳までの就業機会確保と異なり「義務」であるため、企業は対応必須です。
高年齢雇用継続給付金も2025年4月から段階的な縮小が予定されており、将来的に廃止されます。
高年齢雇用継続給付金については「高年齢雇用継続給付金とは?人事担当者が知っておきたい支給要件・期間、計算・申請方法を解説」で詳しく解説しているため、ご確認ください。
2025年4月から実施される「65歳以上の継続雇用・再雇用の義務化」に伴い、企業は以下3つのうち、いずれかの措置の実施が必要です。
定年制廃止 | 定年の年齢引き上げ | 継続雇用 | |
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内容 | 定年制自体を廃止する | 定年の年齢を65歳まで引き上げる | 企業が定めた年齢に到達後、希望者全員を65歳まで雇用する |
対象者 | 雇用している高齢者 | 雇用している高齢者 | 希望者全員 |
契約期間 | 定めなし | 定めなし | 定年後に「1年契約」が可能 |
実施する措置については、後述の「「定年制廃止・定年の年齢引き上げ・継続雇用」を選定する際はメリット・デメリットを踏まえる」の章で解説している内容を踏まえ、自社の状況を考慮して決めることが大切です。
参考までに、2023年6月時点における各企業の「雇用確保措置の実施状況」を解説します。今回の調査で「雇用確保措置を実施済み」と回答した企業数は、23万6,815社でした。
参照:厚生労働省「「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します(p.3)」
現状では、多くの企業が高齢者を継続雇用しているとわかります。少子高齢化が進行し人手不足に悩む業界もある中で、経験豊富な高齢者を貴重な人材と捉え、引き続き雇用している企業が多いのかもしれません。
上記で解説した雇用確保措置の1つである「継続雇用」には、以下の2種類があります。
再雇用制度とは、定年を迎えた従業員を一度退職させた後、再度雇用契約を結ぶ制度です。再雇用の際は、役職や雇用形態、就業条件などを変更することがあります。再雇用契約の前に、一度退職のタイミングで退職金を支払うケースが一般的です。
任期が設けられている嘱託従業員として再雇用した場合は、原則として65歳までの更新が義務付けられています。
勤務延長制度とは、定年到達後も従業員を退職させず、継続して雇用する制度です。定年の引き上げとは異なり、企業と従業員本人が「勤務を延長するか?」を話し合って決定します。延長前と同じ雇用形態や期間、就業条件などで雇用することも可能です。
2025年4月から義務化される「65歳までの雇用確保措置」へ対応するために、企業は「定年制廃止・定年の年齢引き上げ・継続雇用」のいずれかの選択が必要です。どの措置を選択すべきかは、業種や職種の違い、雇用している高年齢者へ期待する内容などで異なるため、自社の状況を踏まえて慎重に検討しなければなりません。
以下では、企業が雇用確保措置を選ぶ際の参考となるよう「それぞれのメリット・デメリット」についてまとめました。
「定年制の廃止」「定年の年齢引き上げ」を実施した際のメリットは以下の通りです。
従業員を引き続き雇用できるため、新卒や中途採用者が集まらず人材不足で悩む企業も、人手を確保可能です。高い技術やスキルを持った有能な高年齢従業員も雇用できるため、企業としても高い成果を出してもらうことが期待できます。
高年齢従業員のノウハウを若い世代へ引き継ぐこともできるため、新人への教育コストを削減しつつ、企業全体の生産性を向上できる点が魅力です。
一方で、以下のようなデメリットもあります。
定年制を廃止すると高年齢従業員が勤務し続けることになるため、どうしても企業の新陳代謝が促されにくくなります。もし高年齢従業員のスキルがあまり高くない場合、部下として働く若手従業員の不満が溜まり、職場環境が悪化したり退職されたりするかもしれません。
雇用する従業員数も増えるため、トータルで人件費が膨らむ可能性があります。高年齢従業員の成果が高くない場合、企業としては費用対効果が悪いかもしれません。
また、もし定年制を復活させる場合、定年後も働き続けられると思っていた従業員から不満が出る可能性もあるため、注意が必要です。
継続雇用制度の導入によるメリットは以下の通りです。
最初の3つのメリットについては、「定年制の廃止」「定年の年齢引き上げ」と同じです。従業員を引き続き雇用できるため、企業の人手不足解消につなげられます。また、有能な従業員のスキルやノウハウを若い世代へ引き継ぐことができる点も魅力です。新人への教育コストも削減できます。
また、再雇用制度の場合は、役職や勤務条件などをリセットできるため、人件費を削減しつつ雇用できる点もメリットです。
一方で、以下のようなデメリットもあります。
継続雇用では役職や勤務条件を変更することがあるため、評価制度も見直す必要があります。例えば、今まで役職者だった人物を一般従業員として雇用し直す場合、過去と同じ評価体制を適用するわけにはいきません。
また、再雇用制度の場合は役職や勤務条件をリセットすることが多いため、待遇低下により従業員から不満が出る可能性もあります。もし、スキルの高い高年齢従業員から不満が出て退職されると、企業としては損失です。
一方で、勤務延長制度の場合は雇用条件を変更しないこともあるため、従業員からの不満が出にくい反面、企業が支払うコストは膨らみます。
雇用確保措置を実施する際は、以下のポイントを押さえることが大切です。
定年年齢の引き上げや継続雇用制度などを整備する際は、給与や雇用形態、就業規則といった具体的な雇用条件の見直しが必要です。
例えば、再雇用時に給与を変更する場合、再雇用前の給与を考慮しつつ従業員から不満が出ないよう調整しなければなりません。明確な規定はありませんが、およそ「再雇用前の70%前後の給与」が目安といわれています。また、就業規則を変更する場合は、労働基準監督署へ変更届の提出が必要です。
参照:独立行政法人労働政策研究・研修機構「65歳までの定年延長と70歳までの再雇用制度の導入」
参照2:厚生労働省「高年齢者雇用確保措置の義務対象年齢」
継続雇用の際は従業員の役職が変更されることもあるため、評価制度の見直しが必要です。
役職が変更されたにも関わらず、年功序列でそのまま評価を引き継いでしまうと、若手従業員から不満が出るかもしれません。とはいえ、完全に評価をリセットすると継続雇用した従業員が納得できない可能性があります。
そのため、現場での業務を考慮しつつ最適な評価制度を設計することが大切です。
高年齢従業員を継続雇用する際は、以下のような各種補助金を活用できます。
種類 | 概要 | 公式サイト |
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高年齢雇用継続基本給付金 | 雇用継続が難しくなる事由が発生した際に、支給される給付金です。雇用保険法で定められた給付金であり、「働く意欲がある60歳以上の高年齢従業員」の給与が低下しないよう、援助することを目的としています。 | https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158464.html |
特定求職者雇用開発助成金 | 従業員の雇用を維持しようとする企業へ支給される助成金です。高齢者などを一定の条件下で雇用した際、企業が受給できます。 | https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/tokutei_konnan.html |
65歳超雇用推進助成金 | 企業が「65歳以上への定年引き上げ」「定年制の廃止」といった規定の制度を実施した際に受給できる助成金です。措置の内容や年齢の引き上げ幅などによって、受給金額は変動します。 | https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000139692.html |
こうした補助金を活用すれば、自社や従業員の負担を軽減したうえで、定年退職に向けた制度を整備できます。
実際にどの措置を選択するかは、企業の状況によって異なります。しかし、どの措置を選択するにしても、以下いずれかの手続きが必要です。
従業員が定年を迎えてそのまま退職する場合、以下の手続きが必要です。
企業は、退職者へ「退職所得の受給に関する申告書」の提出を求めることが一般的です。申請書があることで、退職者は源泉徴収のみで所得税及び復興特別所得税の課税関係を精算できます。
申請処理をしない場合は、退職金から「一律20.42%の所得税及び復興特別所得税」が源泉徴収されます。
場合によっては、確定申告を従業員自身に行ってもらう必要があります。以下で「確定申告が必要なケース・不要なケース」をまとめました。従業員へ説明する際の参考にしてください。
確定申告が必要なケース | 確定申告が不要(企業が年末調整を実施する)なケース |
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退社手続きについて詳しく知りたい方は、「従業員の退社手続きマニュアル|退社前から退社後までの手順とポイント」をご覧ください。
従業員を再雇用する場合は、以下の手続きが必要です。
再雇用する際は、新たに条件を決定し従業員と改めて雇用契約を結びます。雇用形態については、嘱託職員や契約社員など、正社員以外でも問題ありません。1年ごとの契約更新も可能です。
条件を変更する際は、従業員の実績や本人の希望などを踏まえ、お互い納得できる形で決めることが大切です。
社会保険を雇用期間中に継続させる場合、「定年退職日の翌日に資格喪失届で資格を一度失効させる→改めて資格取得届を取得する」という手続きが必要です。この手続きを行うことで、保険料が「再雇用後の賃金に課される額」へ切り替わります。
条件は以下の2つです。
65歳以上も、⾼年齢被保険者として雇用保険の適用対象であるため、基本的に労災保険と雇用保険は手続きなしで引き継ぎできます。
ただし、勤務時間が「1週間の所定労働時間の30時間未満」になるケースでは、一般被保険者から短時間労働被保険者へ変わるため、雇用保険の区分変更が必要です。1週間の勤務時間が20時間未満のケースでは、雇用保険料の負担はありません。
ここまでは企業視点で触れてきました。ただし雇用継続措置について検討する際は、高年齢従業員本人が定年後について、どのように考えているのか把握することも大切です。
以下では、55〜79歳の男女8,000人を対象とした「定年後の就業意向・就業実態調査」結果をもとに、定年後に関する従業員のホンネについて見ていきます。
ディップ総合研究所の調査「55~64歳定年後の就業意向調査」によると、これから定年を迎える55~64歳の57.8%が「定年後も働きたい」と回答しています。
すでに定年した60〜79歳も、当時の就業意向として51.7%が「(定年後も)働きたかった」と回答していると明らかになりました。
このように、高年齢となっても働き続けたい、と考える人が多いことがわかります。
引用:【ミドル・シニア 8,000人調査】 55〜64歳正従業員の約6割が「定年後も働きたい」と回答
それでは引き続きディップ総合研究所の調査結果をもとに、定年退職後、以下の2点について従業員がどう考えているのか解説します。
定年後も働きたい理由でもっとも多かったのは、「生計の維持のため(64.2%)」でした。次いで「家計を補助するため(46.1%)」など収入面の理由が続いています。3位には「健康の維持(40.4%)」という理由もランクインしました。
引用:【ミドル・シニア 8,000人調査】 55〜64歳正従業員の約6割が「定年後も働きたい」と回答
近年は物価高が続いており、必要な生活費が増えている方も多いはずです。そのため、お金に関する理由が上位に来ていると考えられます。
引用:【ミドル・シニア 8,000人調査】 55〜64歳正従業員の約6割が「定年後も働きたい」と回答
現在と同じ職場で働きたいと希望する割合は、63%以上でした。この結果を踏まえると、高年齢従業員を雇用する場合はなるべく大きな環境変化がない部署へ配置することで、より安心して働いてもらえるはずです。
労働力が不足している現代では、知識やノウハウが豊富な高年齢従業員を活用する重要性が高まっています。企業が高年齢従業員を戦力として活用できるよう法整備も進められており、今後は「定年制廃止・定年の年齢引き上げ・継続雇用」のいずれかの実施が義務付けられました。
どの措置を実施するかは、それぞれのメリットやデメリット、従業員本人の希望、自社の状況などを踏まえ、適切に判断することが重要です。
定年退職に関する制度の整備を考えている企業は、今回の記事も参考にしつつ慎重に方針を検討してみてください。
Q1.定年制の廃止、定年の年齢引き上げにはどんなメリットがありますか? |
定年制の廃止や定年の年齢引き上げを実施した場合、以下のようなメリットがあります。
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高年齢者雇用安定法とはどのような法律ですか? |
高年齢者雇用安定法とは、少子高齢化が進行する中で人材確保や経済社会の活力を促進できるよう、働く意欲がある高齢者が活躍できる環境整備を図るための法律です。 |
Q3.定年退職の年齢はいくつに設定すればよい? |
定年退職の年齢は、企業が自由に設定できます。 |
Q4.70歳までの雇用はいつから義務化される? |
70歳までの雇用は、あくまでも「努力義務」です。2024年8月現在、義務化される予定はありません。ただし、2025年4月から「65歳以上」の継続雇用や再雇用が義務化される点にはご注意ください。 |