労働基準監督署は企業が労働関連の法律を遵守しているか、確認する機関です。立ち入り調査の権限を持っており、企業側は明確な理由もなく調査を拒否できません。いつ調査に踏み切られても対応できるよう、日頃から対策を講じておくことが重要です。
この記事では、労働基準監督署からの監督を防ぐ対策や相談先などに関して紹介します。自社だけでの対応に不安を抱える方、従業員との労務トラブルを抱える方は、最後までご覧ください。
目次
労働基準監督署とは労働基準法や労働安全衛生法など、労働関連の法律を遵守しながら事業運営ができているか確認し、取り締まる機関です。警察と同様、法律違反の疑いがある事業場に対して立ち入り調査ができる権限を持っています。
違反の程度によっては、労働基準監督官による経営者の逮捕・送検も可能です。また、就業規則変更の受付や職場の安全確保に関する指導、労災保険の給付など、さまざまな業務を担当しています。厚生労働省の第一線機関として、労働基準監督署は全国321カ所に設置されています。
一方、労働者にとっては、残業代の未払いや違法労働など、不当な扱いを受けた際の相談先です。労働者からの相談をきっかけに立ち入り調査に踏み切るケースも珍しくありません。
労働基準監督署は労働基準法をはじめ、労働関連の法律を各企業が遵守しているか、事業場単位で取り締まるのが役割です。従業員からの情報提供の有無を問わず、事業場の監督を担当する労働基準監督官には法律にもとづき、強制捜査の権限が与えられています。
事業場を捜査した際、労働基準監督官は帳簿や各種書類の提出を企業側に求めることができます。状況に応じて、従業員や経営者への聞き取り調査も可能です。いずれも、従業員や経営者は協力の義務が生じます。
また、労働基準監督署は他の機関と異なり、法令違反の程度に応じて経営者の逮捕・送検ができます。対象の事業場で、違法労働や賃金未払いなどの法律違反が常態化している場合、逮捕・送検に踏み切る可能性が高まります。
労働者から受け付けている主な相談内容を以下に記載しました。
繰り返し企業側に改善の要望を出しても変わらない場合、労働者は労働基準監督署に相談して解決の手助けを求めることができます。結果として労働基準監督署からの監督に繋がっていくので、従業員からの要望には真摯に向き合い、可能であれば素早く対応することが重要です。
また、日頃から従業員と密接にコミュニケーションを取っておくと、従業員の要望や考えを理解しやすくなります。
一方、労働基準監督署は労働基準法の範囲内にある問題に対処する組織なので、以下の内容には対応することが困難です。
上記に加えてパワハラや育児休業、介護休暇に関しても労働基準法に記載がないため、労働基準監督署の対応外となります。仮に従業員が労働基準監督署へ対応を依頼したとしても、労働局に相談するよう案内されます。
労働基準監督署の監督(立ち入り調査)は以下の3種類に分けられます。
いずれも調査終了後に是正勧告を受ける点は変わりません。是正勧告後にも改善が見られない場合は、再監督が行われます。
定期監督とは、労働基準監督署の作成した年度計画に基づいて事業場を選択し、その実態を調査するものです。年度計画で決めた件数を毎年おこなうため、現役の従業員や元従業員などからの依頼有無を問わず、調査を実施します。
その際、事業場を選ぶ基準は注目度の高い行政課題や社会課題によって変化します。たとえば、長時間労働による過労死が問題視されている場合には、長時間労働が慢性化している事業場を優先して選択し、職場環境や業務体制の見直しを求め、過労死のリスク削減に努めます。
定期監督は原則的には抜き打ちです。ただし、場合によっては事前に調査日を打ち合わせで決定し、実施するケースもあります。
申告監督とは従業員や家族、元従業員からの相談や告発をきっかけに、事業場の実態を調査するものです。「残業代未払い」や「月100時間以上の残業」など、労働基準法違反に該当する相談があった場合、調査に動きます。
従業員との労務トラブルが発生している事業場への立ち入り調査は、ほとんどが申告監督です。定期監督と異なり、調査日が事前に知らされることはなく、抜き打ちで行われます。
災害時監督とは事業場で労働災害が発生し、負傷者や死者が出た際におこなう監督です。災害調査とも呼ばれています。災害時監督では労働災害の原因や影響の大きさ、労働安全衛生法違反の有無を調査したあと、今後の再発防止策も考えます。
労働基準監督署の監督や是正勧告への対応を拒否した場合、どのような損害が生じるかについて、紹介します。
労働基準監督署からの立ち入り調査を明確な理由もなく拒否した場合、罰金が科せられる可能性があります。労働基準法にもとづき、労働基準監督署には会社の事業場を調査する権限が与えられているため、基本的に拒否することはできません。
そのため、労働基準監督署からの調査を理由もなく拒否すると、労働基準法違反となり、監督官も「何か隠しているのではないか」と悪い印象を持ってしまうため、調査の基準も必然的に厳しくなります。場合によっては罰金が科せられるでしょう。
労働基準監督署から調査を依頼された場合、可能な限り協力することが重要です。また、立ち入り調査に応じても虚偽申告や書類の隠ぺいをした場合、経営者が逮捕・送検される可能性があります。
監督の種類を問わず、立ち入り調査で法律違反が見つかった場合、労働基準監督署から是正勧告を受けます。残業代の未払いや上限を超える時間外労働があった際、是正勧告を受けるケースが多いです。
是正勧告を受けた後、未払い金の支払いや業務量削減などの改善策を実行し、期限内に是正報告書を提出すれば問題ありません。ただし、期限までに是正報告書を提出しなかった場合、労働基準監督署が再調査を行う可能性があります。
度重なる再調査や是正勧告にも従わない場合、違反した法律の内容に従って罰則が科せられます。
たとえば、複数の従業員に対して割増賃金の未払いが発覚したとしましょう。
一向に改善されない場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる可能性が生じます。それだけでなく、仮に労働基準法違反の実態がマスコミやSNSで報道された場合、社会的信用の低下やイメージダウンは避けられないでしょう。
また、特に人材派遣や警備業などを展開している企業の場合、是正勧告後に素早い対応が必要です。労働基準法違反で罰金刑を受けると認定許可が取り消されるケースが多く、企業経営の存続が危ぶまれます。
労働基準監督署からの調査・監督は拒否できないため、何よりも調査・監督対象となる理由を減らすことが重要です。対策には以下6つの内容があげられます。
労働基準監督署監からの監督でもっとも対応が難しいのが申告監督です。現役の従業員や元従業員などからの相談を受けて調査に踏み切るため、調査日を申告されるケースはありません。
上記の対策には申告監督に加え、従業員との労務トラブルを避けるための対策も含まれています。
労働基準法や36協定の上限を超えないよう、従業員の労働時間を正確に管理・調整することが重要です。労働基準法や36協定の規定を超えた労働は、労働基準監督署からの是正勧告を受けやすい内容の1つです。
労働基準法には1日8時間、週40時間が所定労働時間の上限と定められています。上限を超える労働を命じるには、36協定を締結しなければなりません。
また、時間外労働に関しても働き方改革関連法の施行にともない、罰則付きで上限が明確化されています。36協定を締結したとしても、時間外労働の上限は月45時間、年360時間までです。
設備トラブルや大規模なクレーム対応などの臨時的で特別な事情がない限り、36協定の上限を上回る時間外労働は命じられません。「慢性的な人手不足」や「業務上の都合」といった理由では認められませんので注意しましょう。
就業規則とは職場内の規律や労働条件などに関して記載したルールブックです。常時10人以上の従業員が働く事業場は労働基準法にもとづき、就業規則を作成しなければなりません。
就業規則は一度作成して終わりではなく、定期的な見直しが必要です。とくに、法改正があった場合はその内容に応じた変更が必要です。変更を怠っていると、法律違反や従業員との労務トラブルを招く可能性が生じます。
また、古い就業規則のまま運営すると従業員が働きづらいと感じてモチベーションが低下するリスクも発生し、最悪の場合は離職を招きます。労働者にとって働きやすい環境を整備できるよう、法律や組織体制に変化が生じた際には、迅速に就業規則を見直しましょう。
特に最低賃金や退職金、賞与など、金銭面の内容はトラブルに発展しやすいため、明確な記載が必要です。そして、就業規則の変更を労働基準監督署に届け出る際には、過半数以上の労働者か、過半数の労働者が所属する労働組合の代表者に意見を聞き、書面にまとめて労働基準監督署へ提出しなくてはなりません。労働者の意見をよく聞きながら、見直しを進めましょう。
労働基準監督署から帳簿や書類の提出を求められても素早く対応できるよう、日頃から準備をしておきます。労働基準監督署からは、残業代や労働時間、労働条件など、従業員と企業間でトラブルが発生しやすい内容に関連した帳簿や書類の提出を求められます。
事前に準備しておくべき主な帳簿や書類に関して以下に記載しました。
法定三帳簿と呼ばれる労働者名簿や賃金台帳、出勤簿は、2020年の労働基準法改正にともない保存期間が5年に延長されましたので、注意してください。
また、事業場で働く従業員数が常時50名を超える場合、安全衛生管理状況を証明する記録も必要です。毎年1回は法定健康診断を実施し、定期健康診断結果報告書の作成と提出、管理が求められます。定期健康診断結果報告書の保存期間も過去5年分です。
さらに、以下の内容に関して実施が義務付けられており、自社がどのような取り組みをしているか、書面や帳簿で証明が必要です。
長時間労働や残業代未払いが原因での労務トラブルを防ぐための対策として、クラウド型の勤怠管理システムを導入すると労働時間や時間外労働、有給休暇の取得状況など、従業員の勤怠データを一元管理できます。
データの集計と計算はシステムに任せられるため、労務担当者が作業をおこなう必要はありません。給与計算システムと連携可能なシステムも多く、工数のかかる作業を自動化し、業務の効率性と正確性を高められます。
また、システム上には常に最新の勤怠データが反映されます。残業過多や有給休暇の取得が遅れている従業員を一目で把握できるので、対象の従業員と上司に対してアラートを発し、早期対応を促せます。
そして、クラウド型の勤怠管理システムは、一定の料金を支払う代わりに、サーバーを調達する必要がありません。メンテナンスやアップデートも任せられるため、維持費やシステム管理者の負担も大幅に削減できます。
給料や残業代の未払いも従業員とトラブルが起きやすい内容です。毎月の給料に関しては1回でも支払いが遅れると、従業員との信頼関係が大幅に悪化します。
仮に何度も給料の支払いが遅れた場合、「資金繰りに困っている」や「経営が危ない」など、ネガティブな印象を与えます。離職につながる大きな要因でもあるため、給料の支給が遅れないように注意しましょう。
また、残業代に関しては時間外労働の種類や割増賃金の算出方法を正確に理解しておくことが重要です。時間外労働は4種類存在し、労働の種類によって割増率は異なります。時間外労働ごとの特徴を以下の表にまとめました。
労働の種類 | 時間外労働 | 深夜労働 | 休日労働 | 休日深夜労働 |
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概要 |
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計算式 |
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備考 |
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2023年から時間外労働が60時間を超えた場合、1時間当たりの賃金×50%×時間分の割増賃金を支給しなければならなくなりました。
時間外労働が60時間を超えている従業員に深夜労働を命じた場合、割増賃金は1時間当たりの賃金×75%×時間で算出します。特定の従業員に業務負荷がかからないよう、業務体制の見直しや業務量の調整を実施しましょう。
どこから対策を始めていいかわからない場合は、社労士に相談するのがおすすめです。社労士は、労働や社会保険の法律・制度に精通したプロです。社労士に相談できる主な内容を以下にまとめました。
上記に加えて、法改正の解説や労働基準監督署の調査への対応策などを相談できるため、是正勧告を受けるリスクを減らせます。また、給与計算や勤怠管理など、労務関連の業務を依頼できる点もメリットです。
豊富な知識を持つ社労士に作業を任せられるため、正確かつ素早い仕事ぶりが期待できます。賃金や残業代未払いが原因でのトラブル発生も避けられます。
労働基準監督署から立ち入り調査の連絡を受けた際には、協力的な姿勢での対応が求められます。明確な理由があれば調査を拒否することができるものの、ネガティブな印象を与える可能性が高いです。
ただし、調査の目的や流れがわからず、労働基準監督署からの調査に不安を覚える方もいるでしょう。自社のみでの対応に不安を抱える場合、労務管理に強い弁護士に相談するのがおすすめです。
立ち入り調査の前に相談しておくと、弁護士から監督の種類や調査の目的、用意すべき資料などを確認してもらえるため、余裕を持って対応できます。調査当日には事業場での立ち会いに加え、労働基準監督署側との交渉代行も依頼できます。
現場経験やノウハウが豊富な方に交渉を任せられるため、法令遵守の姿勢を最大限アピールできるでしょう。
また、労働基準監督署からの改善点も正確に把握できます。労働基準監督署から立ち入り調査の連絡が入っている場合、まずは弁護士に相談してみましょう。
労働基準監督署が事業場の調査に踏み切るケースでもっとも多いのは、労働者からの相談をきっかけにした申告監督です。申告監督を防ぐには、時間外労働の削減や正確な勤怠管理、残業代の正確な支払いなど、日々の取り組みが重要です。
従業員にとって働きやすい環境を整えられると、申告監督が発生するリスクも自然と減っていきます。ただし、担当業務に日々追われ、職場環境の課題や優先事項を整理できていない方もいるでしょう。
どこから着手すべきかわからない場合、社労士に相談するのがおすすめです。就業規則や賃金制度の見直し、労使協定など、さまざまな内容を相談できます。労働基準監督署の対策にも対応しており、具体的な対応策を提案してもらえる点も魅力です。
労務トラブルのリスクを減らせると、労働基準監督署のターゲットとなる可能性も自然と少なくなります。従業員にとって働きやすい職場環境を作るためにも、まずは社労士に相談してみましょう。
Q1.労働基準監督署の監督は拒否できますか? |
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明確な理由がない限り、拒否はできません。仮に拒否が認められたとしても、自社にメリットはほとんどありません。調査担当の監督官に「隠したいことがあるのでは」と、ネガティブな印象を与える可能性が高まります。 労働基準監督署は企業が労働関連の法律を守っているか、取り締まる機関です。労働基準法にも、立ち入り調査の権限に関して明記されています。 つまり、労働基準監督署からの調査を拒否する姿勢は、労働基準法に違反する行為です。調査の判定も厳しくなり、法律違反の度合いによっては罰金や逮捕、送検される可能性が高まります。 |
Q2.労働基準監督署の対策は誰に相談できますか? |
社労士と弁護士です。社労士は就業規則の見直しや法改正の内容解説など、労働基準監督署の調査を防ぐ内容に関して相談できます。 一方、弁護士には調査の目的や当日の代理交渉など、労働基準監督署からの調査が決まった後の対応を相談できます。 |