近年、政府を筆頭に多くの企業が「働きすぎ」を防止するために動いています。「働き方改革」の一環として、厚生労働省が「時間外労働の上限規制」を2019年から順次導入したことも、働き方改善の後押しとなりました。
一方で、「残業をなくし、定時退社を実現しよう」と思っても、一朝一夕にはうまくいかないでしょう。というのも、表面上だけの時間削減だけでは解決に至らないからです。
たとえば、業務量が膨大だから残業をしている状態で、退勤時間を一律19時と決めたとします。施策としては定時退社に近づいたように見えるかもしれませんが、業務が時間内に終わらない従業員は、タイムカードを一度切ったあとも仕事を続けたり、自宅に仕事を持ち帰ってしまうかもしれないため、結果として施策事態の形骸化が懸念されます。
この場合は退勤時間を決めるのではなく、根本的な問題である業務量を見直す必要があると考えられます。つまり定時退社を実現するには、そもそもの残業が発生している原因を分析し、根本的な解決を目指す必要があるのです。
この記事では、定時退社の実現に向けて必要なことや、実際に定時退社を実現した事例を紹介します。「従業員の残業率を下げたい」「長時間労働が当たり前になっている職場を変えたい」とお考えの方は、ぜひご覧ください。
定時退社とは、時間外労働(=所定労働時間を超える労働)をせずに退社することを指します。
一般的に、始業時刻と終業時刻は、就業規則や労働契約書内に記載されており、その間の時間が定時になります。始業時刻と終業時刻は、会社が労働者へ必ず説明する必要がある事項として、労働基準法に明記されています。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(労働基準法第15条第1項)
時間外労働をする場合は、割増賃金の支払いが必要になります。しかし、「所定労働時間」を超えて残業を行う際、原則それが法定労働時間の範囲内であれば割増賃金は発生しません。
「所定労働時間」について詳しく知りたい方は「労働時間の一種である所定労働時間とは?〜給与計算に関係〜」をご覧ください。
就業形態によって、「定時」が異なる場合もあります。
例えば、「シフト制」では、定時が個別に設定されます。1週間、1ヶ月など一定期間ごとに作成されるシフトの提出によって、労働日や労働時間が確定するからです。
また、「変形労働時間制」は、時期によって定時が変動します。例えば旅館業の場合、年末年始やGWなどの繁忙期の定時は10時間とし、逆にイベントと被らない平日は5時間とするなどします。仕事の繫閑さに応じて勤務時間を設定できるため、小売業、旅館、ホテル、飲食店などで多く適用されています。
ちなみに、取り入れている企業も多い「フレックスタイム制」も、変形労働時間制の一種です。変形労働時間制について詳しく知りたい方は、「変形労働制導入のメリット・デメリットから導入方法まで」をご覧ください。
そもそも、労働時間は労働基準法によって上限が定められています。労働基準法によると、「法定労働時間」は1日8時間、1週40時間以内とされており、毎週少なくとも1回は休日を与えることとされています。
「法定労働時間」を超える時間外労働・休日労働をさせるには、以下2点が必要です。
これまでは、上記が基準となりつつも、臨時的に限度時間を超えなければならない特別の事情がある際は、特別条項つきの36協定を締結すれば、限度時間を超えた時間外労働も可能でした。また、仮に特別条項を締結せずに上限を超えたとしても罰則はないなど、強制力はありませんでした。
しかし、2018年7月に成立した「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」によって、時間外労働は原則月45時間・年360時間と、上限が設けられました。当該法律に違反した場合は罰則が科されるため、強制力がある点も大きく変更したといえます。
▼時間外労働の上限に関するポイント
引用:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
冒頭でも述べたように、「働きすぎの防止」に向けて法改正が行われるなど、多くの動向が注目されますが、実際に効果は出ているのでしょうか。残業に関する実態に関するデータとして、年度ごとの日本における残業時間の推移を見てみましょう。
内閣府による企業調査の結果によると、正社員の1ヶ月当たりの平均残業時間は、2015年の25.4時間から、2019年には20.9時間へと4.5時間減少していることがわかります。これは、いわゆる「働き方改革」が2018年に成立し、順次施行されたことで、残業抑制に向けた取り組みが拡大した結果と見受けられます。
現在、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や、育児や介護の両立に伴う働き手のニーズの多様化など、「働き方」に関して見直す段階にあります。長時間労働による過労死を防ぐために今後も残業削減のために行動する流れは続くと考えられるでしょう。
「時間外労働の上限規制」を受け、どの企業も必然的に労働時間について見直す段階にあります。従業員の本音としては、出来ることなら残業自体をなくし、定時退社を実現したいと考える方も多いでしょう。一方で、定時退社を実現することは、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。
本章では、定時退社を実現した企業のメリットについて解説します。
定時退社が実現すれば、残業代にかかるコストを削減できます。
厚生労働省が発表した「毎月勤労統計調査 令和5年度4月分結果確報」のデータによると、「一般労働者」の「所定外給与」と「所定外労働時間」の月間平均は以下の通りです。
▼一般労働者の月間平均
所定外給与 | 2万7456円 |
---|---|
所定外労働時間 | 14.4時間 |
1時間あたりの所定外給与 | 約1906円 |
参考:厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和5年度4月分結果確報」
業界・業種によるばらつきも考えられますが、残業によって発生している給与は月間の「現金給与総額」のおよそ1/19を占めていることからも、決して少なくはない額を残業代として支払っているとわかります。
もし定時退社が実現すれば、人件費の削減が期待できるほか、削減できた人件費は福利厚生として従業員に還元するなど、違う方面に活用できます。決まった時間で業務をこなしたぶん、自らにも還元されるとなれば、従業員にとっても大きなメリットとなるでしょう。
ちなみに、所定労働時間を超える場合には、通常より上乗せされた賃金を残業代として支払わねばなりません。
労働基準法第37条では、時間外、深夜に労働させた場合には25%以上、1ヶ月に限度時間が60時間を超えた場合には50%以上、法定休日に労働させた場合には35%以上の割増賃金を支払うことと定めされています。
▼労働基準法第37条のポイント
労働の種類 | 現状の割増率 |
---|---|
時間外労働 | 25%以上 |
法定休日労働 | 35%以上 |
1ヶ月の時間外労働が60時間を超えた分 | 60%以上 |
参考:厚生労働省「時間外(法定外休日)労働の割増率」
2023年3月31日までは中小企業に対して猶予があり、月60時間超の残業割増賃金率は、大企業は50%、中小企業は25%と設定されていましたが、2023年4月1日からは大企業、中小企業ともに50%に引き上げられました。
上記を踏まえると、定時退社の実現は大幅なコスト削減が期待できると言ってよいでしょう。
長時間労働の抑制は、労働生産性の向上に寄与します。
内閣府の調査によると、「1人当たり労働時間が短い国ほど生産性が高い」という相関関係が、国際的に見受けられることがわかりました。
引用:内閣府「長時間労働是正と柔軟な働き方の導入による生産性向上」
「労働時間の短さが、生産性向上のトリガーになる」理由として以下のようなケースが考えられます。
つまり、定時で帰ることができれば労働時間が短くなるだけでなく、従業員1人あたりの生産性の向上も期待できるのです。
生産性を上げる方法は複数ありますが、定時退社を実現して労働時間を短くすることも、有効な手段の1つといえるでしょう。
長時間労働や過労死がニュースとして取り上げられる日本では、「定時退社できない会社はブラック企業である」という印象を残す可能性があります。さらに違法残業が発覚すれば、社会的信用を失いかねません。
働きやすい職場であると評価を受ければ、企業のイメージアップにつながります。また、「働きやすい環境であるか」「ワーク・ライフ・バランス」は求職者にとって重視される条件の1つです。どの業界でも人材不足が深刻化する現代ですが、定時退社を実現してクリーンなイメージを持たせることができれば、人材が集まる効果も期待できるでしょう。
定時退社に伴う労働時間の短縮には、従業員にとってはもちろん、企業にも多くのメリットが期待できます。しかし冒頭でも述べた通り、表面上の労働時間を短くするだけでは、効果は見込めないでしょう。
まずは、自社が定時退社できていない現状を分析したうえで、本当に必要な施策を考える必要があります。本章では、定時退社実現に向けて役立つ施策を3つ紹介します。課題感にあわせて、導入を検討してみましょう。
内閣府の調査「ワーク・ライフ・バランスに関する個人・企業調査」によると、労働時間が長い職場の特徴として「一人あたりの仕事の量が多い」「突発的な業務が生じやすい」ことが挙げられています。つまり、定時退社を実現したいなら、時間ではなく業務量に着目することが大切です。
引用:内閣府「ワーク・ライフ・バランスに関する 個人・企業調査」
業務にかかる時間を短縮したいなら、仕事の効率化を行うことが必要です。そのために有用な手段の1つが、ITツールの導入です。
例えば、オンラインミーティングの際にその場で文字起こしをしてくれるアプリを導入することで議事録作成にかかる時間を短縮できます。勤怠管理や経理業務を紙やエクセルベースで行っているならば、各種システムを導入することで、時短、効率化が叶うでしょう。特に、勤怠管理システムを導入すると、一人ひとりの勤務時間が可視化されるため、自社の実情を把握しやすいためおすすめです。
内閣府の同調査によると、定時退社のしやすさについて、労働時間が長い人ほど「定時退社しづらい」と考えていることが明らかになりました。
引用:内閣府「ワーク・ライフ・バランスに関する 個人・企業調査」
定時退社しづらい環境となっているならば、まずは定時で仕事が終わるような仕組みを整えることが大切です。以下に、想定される課題例とその解決策をまとめました。
【課題1:業務が一人に偏っている】
特定の人にしかできない仕事を減らすため、業務マニュアルの作成などが解決策として考えられます。また、マニュアルは作るだけでなく、都度更新していくことで誰にでも理解できるようになります。仕事ができる人が増えれば、より柔軟に業務量の調整が可能になるでしょう。
【課題2:業務量が多い】
これまでの業務をすべて見直し、無駄や改善点を洗い出すとよいでしょう。具体的には、日々の業務内容や所要時間、年間スケジュール、必要な人数などを確認し、必要性に応じた施策を練っていくことが考えられます。
【課題3:従業員のモチベーションが低い】
「仕事を早く終わらせたところで、評価につながらない」という状況であれば、従業員のモチベーションは自ずと低くなります。時間当たりの生産性を把握するため、「仕事量/時間」を全社・部門/室単位で把握したり、社内表彰の基準として取り入れたりすることで、解決が見込まれるでしょう。
【課題4:責任感の強さから仕事の終わりが見えなくなってしまう】
業務に熱心なのは大切ですが、頑張りすぎて心身の調子を崩してしまっては元も子もありません。しっかり休養を取ること、自己啓発を行うことなどを声掛けしていきましょう。
それでも難しい場合には、強制的に定時以降のシステムダウンを行ったり、ノー残業デーを設けたりして、意図的に休む状態を生み出すことも考えられます。
いくら仕組みがあっても、定時以降も仕事をするのが常態化していると、定時に退社できる人が増えない可能性があります。定時退社する人が物珍しい目で見られたり、定時後に行うことを前提とした仕事が振られていたりすることもあるでしょう。
実際に、労働政策研究・研修機構が行った調査では、「残業する理由」として、「人手不足」「仕事の性格上やらざるを得ない」といった制度上の理由の他に、「先に帰りづらい」といった暗黙のルールや、上司の采配に問題があるといった理由も挙がりました。
引用:労働政策研究・研修機構「「仕事特性・個人特性と労働時間」調査結果」
「定時退社」が評価される雰囲気作りのためには、管理職のメンバーが積極的に定時退社したり声掛けしたりするのも効果的でしょう。
ちなみに、内閣府の調査によると、「短時間で質の高い仕事をすることを評価する」という施策を効果的だと思う方が多い反面、実際に取り組めているとの回答は少なく、他回答と比較して一番差分がありました。実際に評価される環境を作ることも、大きな効果を発揮するのではないでしょうか。
引用:内閣府「ワーク・ライフ・バランスに関する 個人・企業調査」
最後に、実際に長時間労働が常態化していたものの、改革によって定時退社を実現させた例を見てみましょう。内閣府作成の「社内におけるワーク・ライフ・バランス 浸透・定着に向けた ポイント・好事例集」に定時退社を実現した会社が掲載されていますので、今回紹介したもの以外も確認したい方はぜひご覧ください。
SCSK株式会社は、社会の重要インフラである情報システムを24時間365日提供する大手IT企業です。
IT業界では、24時間体制での対応が求められます。SCSK株式会社も夜間処理や長時間労働にまつわる課題を孕んでいました。
そこで長時間労働の解消に向け、「スマートワーク・チャレンジ20」を掲げ、有給休暇取得日数20日(100%)・平均月間残業時間20時間以下」を目標として設定しました。加えて、削減できた残業代を特別ボーナスとして全額社員に還元する取り組みなどを進めました。
結果、総労働時間は短縮しているものの、会社としては増収増益を遂げており、業務効率は年々向上しています。
三桜工業株式会社は、数カ国に製造拠点を有するグローバル自動車部品メーカーです。
残業時間短縮に取り組む前は、一部の間接部門で長時間労働や従業員のワーク・ライフ・バランスに影響を及ぼしていることが懸念されていました。社内で色々な取り組みにトライしてきたものの、期待通りの効果は得られない状況だったのです。
そこで、外部コンサルタントの力を借りながら、始業時と終業時にその日の自分の業務についてチーム全員にメールを送信したり、取組や進捗等を話し合う機会を作ったりしました。
これらの取り組みによって、時間外労働削減、年休取得率、業務の質の向上において、数値面で成果が生まれ、社内コミュニケーションが生まれました。また、リーダーへの相談がしやすくなり、チームの雰囲気が明るくなったという効果も見受けられました。
ここまで定時退社の実現についての現状や解決策、実際の例をまとめました。
残業時間の削減を実現するには、単に時間短縮を図るのではなく、根本の課題を解決すること、長時間労働を認める風潮を変えていくサポートが必要です。定時退社の実現に向けて、仕組みづくり・社内の雰囲気の両面から、てこ入れを行ってみてください。
Q1.定時退社を実現すると、どんなメリットがありますか? |
---|
定時退社を実現すれば、企業にとって以下のメリットがあります。
|
Q2.定時退社実現にむけた具体的な方法は? |
定時退社を実現するには、単に時間短縮を図るのではなく、根本の課題を解決すること、長時間労働を認める風潮を変えていくサポートが必要です。例えば、
が挙げられます。 |