災害時の賃金支払いガイド|決めておくべきポイントとケース別対応を解説

更新日:2024年09月26日
2409-FW5【災害時 賃金】

災害時に「業務を継続したいが休業せざるを得ない」という状況が発生した場合、企業は従業員へ賃金や休業手当を支払う必要はありません。一方で、業務を行えるが「企業判断で休業した」という場合は支払いが必要です。

このように、災害時の賃金や休業手当の支払い義務はシチュエーションごとで変わるため、事前の確認が必須です。

災害時のルールや緊急対応マニュアルを明確化することで、いざという場合も落ち着いて対処できます。また、対応策が丁寧に練られていれば、従業員からの信頼性も上がるため、企業は常に緊急時に備えた対処方法を検討することが大切です。

そこで本記事では、シチュエーション別の「災害時における企業の賃金支払い義務」や、緊急時に向けて行うべき対策などを解説します。

災害時の賃金支払い義務

結論として、企業に責任がなければ、災害時に休業しても従業員へ賃金や休業手当を支払う義務はありません。

一方で災害時に、使用者の責に帰すべき事由(=企業の責任)によって休業した場合、従業員へ「平均賃金の60/100以上」を支払う義務があります。具体的には、「労働基準法第26条」で以下のように定められています。

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。


引用:e-Gov法令検索 | 労働基準法

使用者の責に帰すべき事由(=企業の責任)による休業の例として、以下が挙げられます。

  • 災害で職場の施設や設備は直接被害を受けていないが企業の判断で休業した
  • 地震によって計画停電が実施される際に「計画停電の実施時間外も含めて」終日休業とした

参照:

厚生労働省 | 東日本大震災に伴う労働基準法等に関するQ&A(第3版)p.8

厚生労働省 | 地震に伴う休業に関する取扱いについて【Q1-7】

災害による「不可抗力な状況」が発生していないにも関わらず、企業の判断で休業した場合は、従業員への賃金や休業手当の支払いが必要です。

以下の2点を満たしたものが「不可抗力な状況」として認定されます。

  1. 災害の発生原因が「企業の外部からの力」によるものである
  2. 災害の発生原因が「企業の外部からの力」によるものである

参照:厚生労働省 | 地震に伴う休業に関する取扱いについて【Q1-4】

例えば「大地震によって工場の設備が壊れた」「職場に雷が落ちて業務を遂行できない」などは上記に該当するため、休業時の賃金や休業手当の支払いは不要です。

ただし賃金支払いが不要なケースでも、従業員が「災害の影響でどうしても金銭が必要」という場合、企業は給料日前に賃金を支払わなければなりません。具体的には、労働基準法25条「非常時払」で以下のように定められています。

使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

引用:e-Gov法令検索 | 労働基準法

非常時払いの賃金は、すでに従業員が行った労働に対して支払われるため、「前借り」とは別物です。

シチュエーション別:賃金支払い義務の有無

災害時に休業した際、賃金支払いが必要になるかは、災害の規模や勤務形態、休業命令の有無などによって異なります。

以下では4つのシチュエーション別に、災害時の賃金や休業手当の支払いの必要性をまとめました。

シチュエーション 賃金などの支払いの必要性
従業員:交通機関が麻痺して出社不能 不要
従業員:交通機関に支障はあるが出社は不可能ではない 不要
企業が休業命令:不可抗力の場合 不要
企業が休業命令:不可抗力ではない場合 必要

従業員:交通機関が麻痺して出社不能

「台風や地震などの災害で交通機関が麻痺しており出社できない」といった場合は、欠勤として扱われます。単純な欠勤では、ノーワーク・ノーペイの原則に基づき、賃金や休業手当の支払いは不要です。

従業員:交通機関に支障はあるが出社は不可能ではない

「普段の交通機関は麻痺しているが別ルートで出社できる」という状況下で、従業員自身が出社しないと判断した場合、欠勤として扱われます。上記と同じく単純な欠勤となるため、ノーワーク・ノーペイの原則に基づき、賃金や休業手当の支払いは不要です。

テレワークができる場合

企業によっては、災害の影響で通勤が難しい場合、テレワークへ切り替えるケースもあります。テレワークは自宅で仕事を行うため、当然賃金の支払いが必要です。

ただし、以下のような費用を企業が負担するかについては、別途就業規則でルールを設ける必要があります。

  • 交通費
  • プリンターなどの電子機器代
  • 通信費
  • 光熱費
  • 文房具やコピー用紙などの消耗品代
  • 郵送代
  • コワーキングスペースやカフェなどの利用代

例えば、就業規則で「交通費は通勤日数に応じて支給する」と定めていれば、テレワークを行った日数分だけ減額できます。こうした定めがなければ、通勤手当を全額支払う必要があるかもしれません。

実費を負担する企業もありますが、通信費や光熱費などは業務とプライベートの境目が曖昧なため、金額を算出しにくいことも考えられます。その場合は、「テレワーク手当」「在宅勤務手当」といった名目での一律支給も検討してください。

参照:東京都テレワークポータルサイト | テレワークにかかる費用は誰が支払うの?

企業が休業命令:不可抗力の場合

「地震で工場の設備が壊れて業務を行えない」など、災害による不可抗力で企業が休業命令を出した場合、賃金や休業手当の支払いは不要です。

具体的には、以下の2点を満たした場合に「不可抗力による休業である」と認定されます。

  1. 災害の発生原因が「企業の外部からの力」によるものである
  2. 「企業が最大限の注意を払っても避けられない災害である」と認定できる

参照:厚生労働省 | 地震に伴う休業に関する取扱いについて【Q1-4】

「業務を継続したいが休業せざるを得ない」という状況では企業に責任がないため、賃金や休業手当の支払いは必要ありません。

企業が休業命令:不可抗力ではない場合

「業務を実施できるが企業の判断で休業した(=不可抗力ではない)」という場合、休業手当として「休業期間中の平均賃金の60/100以上」を支払う必要があります。

労働基準法第26条では、以下のように定めています。

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

引用:e-Gov法令検索 | 労働基準法

例えば、以下のようなケースでは休業手当の支払いが必要です。

  • 災害で職場の施設や設備は直接被害を受けていないが企業の判断で休業した
  • 地震によって計画停電が実施される際に「計画停電の実施時間外も含めて」終日休業とした
  • 交通機関が止まる可能性があったため、順次帰宅命令を出した

「業務を継続できる状態にあったが企業の判断で休業した」という状況では、企業に決断の責任があるため、賃金や休業手当の支払いが必要です。

災害に備え、はたらきやすい環境をつくるために

原則として、災害によってやむを得ず休業した場合、従業員への賃金や休業手当の支払いは不要です。

しかし、災害の状況によっては、賃金支払いが必要であるか判断できないこともあります。そうした難しい状況下では、従業員との間で「なぜ賃金が支払われないのか」といった認識の齟齬が発生し、トラブルの原因となるかもしれません。

上記のようなトラブルを防ぎつつ、災害に備え働きやすい環境を整備するには、以下のような施策が必要です。

      • 規則を従業員に周知する
      • 災害時のマニュアルを整備する
      • 有給休暇や振替休日で対応する
      • 法改正や行政ガイドラインの最新情報を確認する

規則を従業員に周知する

就業規則などで「災害時の賃金支払いに関する対応」を定め、従業員へ周知してください。

例えば以下の項目を就業規則で定めておくと、災害時もスムーズに対応できます。

出社や自宅待機などの判断基準

以下のように出社や自宅待機、退社などの判断基準を設けておくと、災害時に従業員がスムーズに判断できます。

  • 企業にとって不可欠な業務(今後を左右する重要な商談etc)を担当している場合は、原則出社する
  • 気象庁が大雨特別警報を公表したら、従業員の判断で自宅待機に切り替えてよい
  • 退勤時間帯に交通機関が止まる可能性がある場合、従業員の判断で早退してよい
「出社しない場合」の取り扱い方

以下のように、出社しない場合の取り扱い方を定めておくと、災害時の働き方をスムーズに判断できます。

  • 欠勤扱いとする
  • 有給扱いとする
  • テレワークに切り替える
  • 自宅待機に切り替える
自宅待機を労働時間と認定する判断基準

自宅待機を取り入れる場合は、「どこまでを労働時間とみなすか」の明確化が必要です。基本的に、以下を満たす場合は労働時間とみなします。自社で基準を決める際の参考にしてください。

  • 具体的に自宅での作業内容を指示する
  • 企業からの呼び出しや指示にいつでも対応できるよう準備させる

上記のような出社ルールを就業規則で明確化しておくことで、例えば「従業員が通勤途中に災害でケガをした」という場合も、安全配慮義務違反に問われる可能性を低くできます。

厳密には、安全配慮義務の中でも「通勤で起きたトラブル」は企業の責任の対象外です。ただし、「避難指示がある中で無理に出社させた」といった場合は、安全配慮義務違反に問われる可能性も0ではありません。

こうした緊急時の対応を適切に取れるよう、事前に就業規則でルールを定めることが大切です。

参照:東京都 | 事業所防災リーダー通信2023

就業規則を変更する際は、以下の記事も参考にしてください。

関連記事:【2023年4月法改正】就業規則の見直しチェックリストと変更時の5ステップ

災害時のマニュアルを整備する

災害時のマニュアルを整備しておけば、有事の際に落ち着いて対応できます。具体的には、以下のような内容をマニュアル化しておくことがおすすめです。

  • 災害発生時の具体的な行動を文書でまとめておく
  • 災害時に短期間で事業を復旧させるための計画書(BCP)を策定する
  • 安否確認のための緊急連絡網を整備しておく

どのマニュアルを作成する際も「簡潔にわかりやすくまとめる」「人命保護が最優先である」という意識を持つことが重要です。

マニュアル作成については「内閣府 | 防災情報のページ」も参考にしてください。災害時の具体的な行動指針やマニュアル作成手順などが詳しく掲載されています。

有給休暇や振替休日で対応する

やむを得ず休業した場合、従業員への賃金や休業手当の支払い義務はありません。しかし、従業員の収入は減少するため、少しでも負担を減らすために以下のような対応を行うことが理想です。

  • 当日の有給申請を認める
  • 出社できない日は企業全体で振替休日として設定する
  • 災害の発生が予測されている場合、該当の期間を有給取得推奨日にする

有給や振替休日などを活用すれば、従業員の生活への影響を小さくできます。ただし、有給の付与日数や有効期間には制限があるため、従業員の取得状況に応じて対応を決めることが大切です。

参照:厚生労働省 | 年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています

法改正や行政ガイドラインの最新情報を確認する

災害時の対応を決める際は、「災害対策基本法」の動向チェックも大切です。

災害対策基本法は、現在の働き方や社会情勢などを踏まえ頻繁に改正されています。実際に令和5年9月の改正後、続いて令和6年4月にも法律が変更されました。例えば、令和6年4月の法改正では「指定の行政機関から都道府県や市町村に派遣された職員は国から在宅勤務などの手当を支給できない」と変更されています。

在宅勤務は災害時に企業が行う対応の1つとなり得るため、決して無関係ではありません。

今後の状況次第では、災害時の賃金支払いも含め、再び法改正される可能性もあります。そのため自社で災害時の対応を決めた後も、こまめに法律や行政のガイドラインなどを確認し、適宜見直すことが大切です。

まとめ|災害時の賃金支払いに対する適切な対応を考える

災害時に自社を休業した場合、以下のように企業に責任がなければ、従業員への賃金や休業手当の支払い義務は発生しません。

  • 大地震によって工場の設備が壊れた
  • 職場に雷が落ちて業務を遂行できない

最後に改めて、シチュエーション別で「賃金などの支払いの必要性」を確認してください。

シチュエーション 賃金などの支払いの必要性
従業員:交通機関が麻痺して出社不能 不要
従業員:交通機関に支障はあるが出社は不可能ではない 不要
企業が休業命令:不可抗力の場合 不要
企業が休業命令:不可抗力ではない場合 必要

上記のような災害時に、企業・従業員の両方が落ち着いて対処するには、以下のような事前対策が欠かせません。

  • 規則を従業員に周知する
  • 災害時のマニュアルを整備する
  • 有給休暇や振替休日で対応する
  • 法改正や行政ガイドラインの最新情報を確認する

賃金支払いの判断基準や緊急時の対応方法を明確化し従業員へ周知することで、トラブルなくスムーズに対処できます。「内閣府 | 防災情報のページ」も参考にしつつ、災害時の賃金支払いや対処方法などを検討してください。

このエントリーをはてなブックマークに追加

pagetop